Uさんのこと

私が今一番気になっているクライエントがUさん。なんで気になるかといえば、私と年が近いということがあり(最近の流行言葉?の「アラフォー」)、しかもまだ小学生、中学生のお子さんがいるので、先のことがどうしても気になるのだ。およそ半年ぐらい前に入所されたが、来た当初は、とにかくものすごかった。私も、こんなのはじめて...と唖然呆然したほど。車椅子に座っているUさんは大柄。なにかやってもらおうにもほとんど指示は入らない様子。どうしようもないので、とにかくテーブルに車椅子を設置すると、いきなり、両足をテーブルに乗っけてしまう。同じテーブルを囲んでいたご年配の方々もびっくり仰天。あとで「若いのにお気の毒ねぇ...」ともらしていた。私も口にこそ出さないが、そんな風に思っていた。そうかと思うと、なぜかおしりを四六時中ゆさゆさしていたのだが、私が少し目を離した間に車椅子から落っこちてしまった。はぁぁぁぁ。なんだかたいへんだーーーー。というのが私の第一印象だった。ご病気は脳卒中後ということだが、後にUさんのお母さんが話してくれたところによると、しばらく頭蓋骨を開いて脳を外部にさらしていたとか。脳卒中を起こした後も、髄膜炎とか起こし、ずーっと意識が戻らなかったそう。見かねて、脳をこうして出しっぱなしにしない方がよいのではないかとご家族が提案し、その後、意識が戻ってきたとのこと。命があったのが奇蹟だと担当医師から言われたとのこと。右手は麻痺はなさそうなのだが、小刻みに震えていて使えるかどうかわからない。机上の作業もとてもじゃないけどできそうな雰囲気ではない。それで風船バレーをやってみたら、急に体を起こして、ちょっと目がぎらぎらした感じで風船を追っている。まあさしあたりやることあってよかった...としばらく風船バレーをやっていた。しばらくこんな危なっかしい調子が続いたが、ある日の回診で、抗精神薬を結構使ってるけど要らないんじゃないかと言う話になり、減らしたのが影響したのか、翌日OT室にきたUさんはいつもと一味も二味も違っていた。来るなり私の顔を見てにこっと微笑み「こんにちは」というのだ。おお。Uさんと会話ができる!!!私はうれしくなり、これまでしゃべれたら聞いてみたいと思っていた質問を早速ぶつけてみた。「いつもおしりゆらゆらしてるけど、これは、勝手にうごいちゃうの?」すると、「うーん。そうですね。」だったか、答えが返ってきた。信じられない。ああ。ご主人やお子さんと早く話してほしい、Uさん、浦島太郎さん状態じゃないかしら、と思った。その後は、覚醒度に波があるのか、応答が良いときと悪いときはあったが、最初と比べれば明らかに反応は良くなっていた。作業活動もできるようになってきた。ネット手芸をすることにした。もうかれこれ4作品目になる。最初は耐久性も低くて、少しやっただけで「疲れた」と首を横に振っていたが、最近は随分耐久性がでてきた。私が話しをしていて手を止めると、「早く先に進めて下さい」と言われたこともあったほどだ。でも、力の加減が下手で、Uさんだけにまかせておくと、ネットが引きちぎられそうになっていることがしばしばだ。だから目を離すことはできない。4作品というのは、ご家族のを作っているのだ。娘さん、ご主人、そしてお母さん。私が「今度、自分のも作ってみたら?」と聞くと「いいです」という。うーん...と思い、先日再び同じ提案をしてみると「作りました」と返ってきた。ああ考えてみたら一等最初はご自分のを作ったんだった。もう大分古い話になり私はすっかり忘れていたが、私より記憶力の確かなUさん。本当にしっかりしてきたようにも思うが、部屋に帰ると寝てばっかり、発動性・意欲は基本的に低下している。フロアの職員からは、ベットが大好きで困っちゃうんですよ、との話。それに、同じネット手芸の作業をずーーーーっと続けている訳で、娘さんも「お母さんよく飽きないねぇ」と言っていた。私もそう思う。痴呆の分類で確か「前頭側頭葉型」だったか、本にこんな症状がでると書いてあったかなぁと思い、しょうがないのかなぁとも思っていた。Uさんはご家庭でパンとか作っていたとのことで、もう随分前にクッキーを作ろうと約束していたが、諸々の事情でなかなかできずにいた。ご主人に言っておいてねと言ったが「伝えていない」と言う。表情の変化があまりないので楽しみにしているかどうかもわからない。やるのを止めようかとも思ったが、約束したし、と思い、準備したから来週必ずやるよ!、と伝えたところ、翌日OT室に来たときには、幾分いつもより表情が柔らかい感じがした。反応も良い。その日は気分も良さそうだったので、何かいつもと違うことと思い「ピアノを弾いてみる?」と聞いてみたところ「弾きたい」と言う。Uさんから、自発的に何かしたいと言うのを聞いたのはこれが初めてだった。おおっ、と早速ピアノの前に連れて行き、きらきら星を右手だけで弾き真似してもらうと、なんと!、上手に弾けるではないか!「はじめてじゃないでしょう?」と聞くと、「いえ、はじめてです」というから初めてなのだろう。私が伴奏をすると、それなりに音楽になっている。「今度、ご主人に聞かせてあげましょうね」というと、本当にうれしそうな満足そうな顔をしていた。考えてみると、作品も、ご家族に喜んでほしくて一生懸命作ってるんだよね。いじらしいというかなんというか...。私自身の反省として、Uさんを診断名の型にあてはめてしまい、「そういうものだろう」とあやうくその可能性を潰してしまうところだったなぁと思ったしだい。Uさんにもやりたいことはあるし、ご家族への想いも溢れている。Uさん、考えてみたら結構歩けるのに、これまで安全のために日常的に歩くという行為は行われてこなかった。ふと思い立ち、テーブルをぞうきんで拭いてもらい、ぞうきんを洗面台で洗って、しぼって、手すりに広げて干してください、と指示してみた。そうしたら、「できません」というのだ。しぼるのは片手だからできないと。「片手でしぼる方法があるんだよ」と特技気に私が教えると、一生懸命しぼって、片手でぞうきんをひろげて、手すりに干していた。そうだ。これからは、もっと家に帰って役立ちそうないろんなことをやってもらおう、と思ったのが先週末。今週水曜はクッキーづくりをする。どうなるか。